土壁・蹴込床・下地窓の創設
床の間の誕生以来、床の間の壁は彩色画・墨絵・金泥(きんでい)紙・鳥の子紙といった貼り付け壁が正式の物でした。利休も、利休鼠色などと呼ばれる薄墨色の紙などの貼り付け壁を使っていましたが、晩年から土壁(荒壁)を使い、そこに額や軸を掛けるようになりました。
また、長押を廃止し、漆塗りの床框を磨丸太や档あて丸太・錆さび丸太・名栗(なぐり)・竹などにかえたり、踏込床・洞床・枡床・下地窓などを創設したのも利休だといわれています。
床の間の誕生以来、床の間の壁は彩色画・墨絵・金泥(きんでい)紙・鳥の子紙といった貼り付け壁が正式の物でした。利休も、利休鼠色などと呼ばれる薄墨色の紙などの貼り付け壁を使っていましたが、晩年から土壁(荒壁)を使い、そこに額や軸を掛けるようになりました。
また、長押を廃止し、漆塗りの床框を磨丸太や档あて丸太・錆さび丸太・名栗(なぐり)・竹などにかえたり、踏込床・洞床・枡床・下地窓などを創設したのも利休だといわれています。